言葉をそのまま捉えるんじゃない。
言葉が発した人間が大切なんだ。
どういう感情?
どういう姿勢?
どういう身なり?
どういう状況?
それを知れば少し推し量れる。
テニスコートで、朝の挨拶をするような快活な声で、ずるずるのスウェット着て、少し腰が曲がったおじいちゃんは発した。
「もっと強く打って」
その場は、服装は、共に笑ってプレーする友人も、すべておじいちゃんを表していた。
refomed | NEXT MAN TOOL BAG








ツールバッグ。
道具箱。
存命の頃、祖父母の家に行くのが楽しかった。
理由の一つに祖父の趣味がある。
子どもの時に気づくことはなかったが、祖父は民藝を嗜んでいた。
木を手彫りで削り出しておもちゃを作ったり、彫った魚型の木像を天井から幾つも吊るし、どこの民族とも分からぬ面が壁に所狭しと並んでいた。
ガレージに行くと釣り道具や重機が置かれ、何に使うかも分からぬ道具が並んでいた。
使い方は分からずとも、祖父はそれを使いこなしているいることが分かった。
その道具たちは祖父に愛され、祖父がいなくなった後も祖父の面影を残していた。
ということで、特に道具は人に馴染んでいくものと考えます。
我々(服を売る者たち)は然もありなん、服を褒めることも仕事であります。
かっこいい。
大人っぽい。
雰囲気がある。
お洒落である。
個性的である。
何とも情けない程に抽象的な言葉で褒めます。
私はそれを知りつつ同じ言葉で褒めます。
具体性が無くても成立するのが服です。
具体性が無ければ成立しないのが道具です。
服も物によって道具です。
具体性が無い服でも、不恰好、バランスが悪い、用途が違う、それを乗り越えて、その人が選ぶ物はいつか道具に成り得ます。
人が死んだ後、その服は人の面影を残すのでしょうか。
このバッグをどう使ってもいいんですが。
リールやライン、座椅子を入れて釣りに行ったり。
スケッチブックや画板、絵の具を入れて絵を描きに行ったり。
教科書やノート、バイト先に着替えを入れて学校に行ったり。
その人の色んな用途にかっこよく馴染んでいく道具だと思うんです。抽象的には。
部屋がいっぱいあるし、デカいからね。具体的には。
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